室内自転車乗りのライドログ

室内でZwiftばかりしているインドアライダーのメモ。実走は春と秋だけ、年に数回。

読書メモ:運動しても痩せないのはなぜか: 代謝の最新科学が示す「それでも運動すべき理由」by ハーマン・ポンツァー

運動しても痩せないのはなぜか
代謝の最新科学が示す「それでも運動すべき理由」
ハーマン・ポンツァー著 小巻靖子訳

運動しても痩せないのはなぜか | 話題の本 | 草思社

 

刊行から2年ほど経ってますが、サイクリストとして非常に面白い本を読んだので、今更ですが要約と感想をメモ。私個人が体験した感覚ともかなり一致する内容。

「運動しても痩せない」とはどういうことか?

「人間の一日の生体活動の消費カロリーは決まっていて(基礎代謝)、運動による消費カロリーと基礎代謝を合計したものがトータルのカロリー消費量になる。なので、運動すればその分カロリー消費が増えて、消費した分の体重が減る。たくさん運動するほど体重も落ちる」というのが従来の一般的な理解だった。しかし綿密な調査の結果、実はそうではなく「体を動かしている人も動かさない人も一日のカロリー消費量はほぼ同じ」になる、という衝撃の事実が判明した。にわかに信じがたいが、これは一体どういうことなのか?

人間は「高い持久力を活かして動き回って食料を得る狩猟農耕民」として、長い時間をかけて今の形に進化してきた。常に飢餓と戦いつつ、毎日体を動かして食べ物を確保し繁殖する生物として導き出された最適解として、ヒトの肉体は一日あたりの消費カロリーを一定の幅(平均的な成人男性で2500~3000kcal)に収めようとする非常に高機能な調整能力を持っている。この調整能力により、例えば多くの運動をして多くのカロリーを消費すると、体は運動以外の様々な生命活動を抑制して、トータルで同じ消費量になるよう帳尻を合わせてくる。従って「運動しても一日の総消費カロリー量は増えない」ということになる。

ただしこのプロセスは即日発動するわけではなく、多少の時間がかかるので、数日から数週間程度の短い期間においては、運動をすれば(なおかつ食事を増やさなければ)多くのカロリーが消費され、その分体重が落ちる。しかし時間が経過すると体の調整機能が効き始め、習慣的に運動をしている状態に体がアジャストし、運動以外の肉体の活動による消費カロリーが下がってくる。そしてトータルでのカロリー消費量は元の(運動習慣を身に付ける以前の)レベルに戻っていき、体重も元のラインに収束していく。本書の言う「運動しても痩せない」というのはこの状態を指す

何故太るのか?

あなたが健康である(代謝が正常に稼働している)場合、太る理由は一つしかない。それは「食べ過ぎているから」である。消費カロリーを上回る量のカロリーを摂取しているので、余ったエネルギーが蓄積されて体重が増える、というシンプルな話。消費カロリーと同等量の食事をキープしていれば、体重が過度に増えることはない。

では、どうして多くの現代人は太りがちなのか。なぜ必要以上の過剰なカロリーを摂取してしまうのか?それは「体を動かさなくても美味しい食料がいつでも手に入るから」。

現代の食料事情は異常事態

かつて人類は動物を獲物として狩ったり、植物の根を掘り起こしたり木の実や果物を集めたりして、その日に生きるためのカロリーを獲得してきた。しかしいつしかヒトは道具と火を使うことを覚え、近代では産業革命のようなトンデモブレークスルーを起こして短期間に条件を激変させ、食料事情を大きく変えてしまった。その変化とは

  • 食物の大量生産:好きなだけ大量に食べられるようになった
  • 食物の貯蔵:探し回らなくてもいつでも食事が手に入る
  • 食物の加工:食料を高カロリーで美味しく魔改造する術を開発した

この条件が揃ったのは人類史上初めてのこと。運動しなくても十分以上の食料が得られ、しかもその食料は加工されて栄養価(カロリー量)が高く、味が良いため脳の報酬系が刺激されて必要以上の量を食べてしまう。という前例のない食のコンボが成立している。人間の肉体はこのような大量カロリーの常時摂取に適応するようには進化していない。結果として、現代人は飢餓のリスクを回避できるようになったが、代わりに肥満を始めとした生活習慣病という新しい生存上の問題を抱えるようになった。

ではどうすれば痩せるのか?

単純に摂取カロリーを減らすアプローチは続かない

特に体を動かしていない現代人が、過剰な体重を減らすにはどうすればいいか?前述のとおり、食事(摂取カロリー)を減らせば体重も減る。なので、単純に食事量を減らす戦略は確実に効果がある。しかし続けるのはとても難しい。

食事制限により一時的には体重が落ちるが、摂取カロリーが減るので筋肉が落ち、代謝も落ちて、どんどん痩せにくくなっていく。筋肉量の低下によって活発に動けない体になり、消費カロリーはさらに下がり、加えて生活の質が落ちる。脳は常に空腹感を発信しつづけ、常にこれに耐え続けるのはメンタル的にとても難しい。食料が不足していると判断した体は飢餓モードに入り、少ない食料から最大限のカロリーを吸収しようとするため、食事を減らしているはずなのに体重は一定以下に落ちなくなり、さらに食事量を戻したときに体重が増えやすくなる。最終的にはリバウンドして、元以上に体重が戻る恐れがある。短く言うと「体重は減るが、めっちゃツラい上に不健康になる」。これは持続可能な良い戦略とは言えない。

炭水化物ダイエットも同じこと

炭水化物ダイエットやパレオダイエット(旧石器時代の食生活を真似る)などの手法は、一見説得力がありそうだが、やはりカロリー摂取の原則からは逃れられない。つまり、何を食べようとも、摂取カロリーを消費カロリー以下に抑えられれば体重は減るし、そうでなければ減らない。炭水化物でなければ何をどれだけ食べてもOK、などということはない。炭水化物抜きやパレオダイエットで長期的な体重減少に成功したという人を調査すると、本人は食事量を変えていないと思っているが、実際のカロリー量はダイエット開始前より減少しているという結果が出た。これは、食事の成分比率を変えたことで食欲自体が抑制され、結果として食べる総量が減って痩せた、と見なせる。日本人的視点で言えば「おかずだけを大量に食べるのは難しい」と表現できるだろう。従って構図としては「運動をせずに食事量を減らす」ことに近くなるので、リバウンドや筋力低下、メンタル的な活力減退のリスクがあるし、栄養素の不足にも気を配らねばならない。ヒトの体を動かすには炭水化物が必要で、実際に炭水化物を主要な栄養源としてきたことが調査で分かっている。炭水化物を極端に避けて体重を減らしても、健康に痩せることはできない。

減らした食事量を定着させるには運動が必要

つまるところ、安定して体重を減らすには、栄養バランスを保ちつつ摂取カロリーを減らすしかない。そして体重が減った状態を無理なく定着させるには、食欲を落ち着かせつつ筋肉量を維持する必要がある。この状態は、運動抜きにはキープできない。仮に続いたとしても、健康ではいられない。健康なままで自らの適正体重を保つには、体を動かすしかないのである。

運動が重要であり必須である理由

身体を動かしても動かさなくても、ヒトの体は一日の消費カロリーを一定に保とうとする。例えばあなたが毎日ランニングで500kcalを消費すれば、体はそのほかの肉体の代謝を抑制して500kcal消費を減らして帳尻を合わせようとする。従ってトータルのカロリー消費量は同じになる。だったら運動しなくても同じことでしょう?と言いたくなるが、全くそうではない。

運動でカロリーを消費すれば、それ以外の肉体の活動は(比較的優先度の低いほうから)抑制される。逆に、体を動かさなければ、肉体は体内の諸々の代謝活動が活性化させ、所定量のカロリーを使い切ろうと頑張ることになる。この余ったカロリーを使い切ろうとする体内の「頑張り」によって、ホルモンの過剰分泌や、不必要な抗炎症作用(いわゆるアレルギー)、関節炎、動脈硬化などの循環器系疾患、といった健康に不都合とされる現象が発生する。いわゆる生活習慣病と言われる症状の多くがこれに当てはまる。年度末に予算が余っちゃったので不必要な工事を行って道路を掘り返す、的なイベントが体内で年中行われているようなものである。

習慣的に体を動かしてカロリーを消費していると、このような「過剰な」体内活動が抑えられて、生体のバランスが保たれる。運動すると気分がすっきりして体調や精神状態が良くなった気がする、というのは気のせいではなく、実際に体調が良くなっているのである。ヒトは体を動かすことが前提の生き物であり、動かないとバランスが崩れてしまうように出来ている。

さらに、運動により体の様々な機能が活性化され、ホルモン分泌量やストレスへの抵抗力などがバランスの取れた状態に近づく。この結果、脳のカロリー摂取量調整機能(=食欲の制御)がより良く働くようになり、我慢せずとも自然に食べ過ぎ状態が解消していく。長期的な運動習慣は過剰な食欲を抑えてくれるのである。

そして、運動することで筋肉量と筋力が保たれる。筋肉は代謝を上げて太りにくい体を作り、日常生活の質も上げてくれる。健康な生活を送るために筋肉は欠かせない(念のため言っておくとマッチョになる必要はない)。

極端に大量の運動をしたらどうなる?

人間の適応能力には生理的限界がある。体が調整できる幅を超えて大量のカロリーを消費すれば、生命維持のために脂肪や筋肉が分解されて体重は落ちる。例えば世界最大の自転車レースであるツールドフランスでは、選手は連日7,000kcal前後のカロリーを消費し、それを3週間続ける。どれだけ大量の食事を摂っても収支はプラスにならず、レース終盤に向けて選手の体重は落ちていく。生命を維持するための肉体の活動が切り詰められ、免疫力が低下して風邪をひきやすくなり、体温調整が困難になり、食欲や性欲が減退する、精神的な不調を抱える、といった影響が出始める。

これはいわゆる「オーバートレーニング症候群」と言われる状態で、運動によるカロリー消費が大きすぎる状態が長く続いて調整幅を超えることで、身体に不調をきたすレベルまで肉体の機能が抑制されていく。こうなると体はどんどん動かなくなるので、復活するには運動のレベルを落として十分なカロリーと栄養素を補給するしかなくなる。

ここで「どれだけ大量の食事を摂っても収支はプラスにならず」と書いたが、人は無限に食事からカロリーを補給できるわけではなく、消化管(胃や腸)の能力によって体内に取り込める上限が決まってくる。様々な調査から、人間が取り込める(栄養源として吸収できる)カロリー量の上限は一日あたり4,500~5,000kcal(成人男性)と言われていて、これが実質的な人間の活動限界レベルとなる。

高強度な運動によって、これを超えるレベルのカロリー消費を何日も続けると、徐々に体内の脂肪や筋肉がエネルギー源として消費されていく。貯蓄を使い果たすとそれ以上は運動レベルを持続できなくなり、オーバートレーニング症候群状態となる。なので持久系アスリートにとっては「大量のカロリーを取り込める消化管の能力」が重要な能力の一つ。たくさん食べられるほど、より多くの練習を積んで強くなることができ、レースで優れた持久能力を発揮できるのだ。

余談だが、血管に直接糖分をブチ込むなどして食事以外のルートでカロリーを摂取すると、消化管による上限を回避できる。しかしこれはドーピングの一種として大半のスポーツで禁止されている。まあ当然ですよね。

ヒトという種の持続可能性

人間の活動をカロリーに換算すると、多くのことが見えてくる。本書で調査対象となったハッザ族は、1kcal分の行動で10kcalの食料を得ている。一方アメリカでは、人々は1kcalの食料を得るために8kcalのエネルギーを消費している。消費活動全てを含めると、一人当たりの一日の消費カロリーは210,000kcalに達し、これはアフリカゾウ一頭の一日の消費カロリーと同じである。この100年程度で、人間の食料事情は大きく改善されたように見えるが、実はその仕組みを稼働させるために驚くほど大量のエネルギーが日々消費されている。果たしてこれは、サステナブルと言えるだろうか?

まとめ:大事なこと

  • 体重を減らすには、継続的に運動をしつつ摂取カロリーを徐々に減らすべき
  • 短期間では変化は起きない。年単位で変えていくものである
  • 体重に関わらず、健康でいたければ、必ず運動せねばならない。人間は体を動かしてバランスが取れる生物としてデザインされている
  • 体重を減らそうとするのではなく、健康になることを目指そう
  • 肉や魚、野菜や果物、木の実などの、精製加工されていない食料品を賢く取り入れよう。これらは過剰な食欲を抑え、栄養バランスを取りながら無理なく摂取カロリーを抑える手助けをしてくれる


本書の要約はここまで。膨大な資料と研究結果をベースに、生物としてのヒトの「最適解」を提示しながら、最後は種としての持続可能性まで示唆する、非常に練り込まれた興味深い本でした。何度も読んで理解が深まっていくタイプの良書かと。福岡伸一さんの「動的平衡」にも通じるものがあるかも。

余談:個人的な経験

かつて週末だけロードバイクに乗っていた頃は、ライド当日と翌日には差し込むような空腹感があり、ライド後に行きつけの洋食屋に直行してチキン南蛮オーロラソースがけ定食に白米大盛りで嗚呼メシがうまい、みたいな展開をエンジョイしていた。この頃は体重は増えはしないが減りもしなかった。それからコロナがあって在宅勤務になって、時間ができて週5でZwiftする生活を続けていたところ、いつの間にか空腹感が落ち着いてきて、ご飯の大盛りを頼むことが減り、午後4時ごろの間食のお菓子もいつの間にか摂らなくなっていて、今では運動をしない会社の同僚と食べる量はあまり変わらなくなった。体重はコロナ前から3kg程度しか減っていないが体脂肪率がかなり下がり(12~13%程度?)、上半身は細く、腰から太腿にかけてはまあまあムキムキという自転車体形になった。しかし筋肉が重いせいか、シルエットが細くなった割には体重はきっちりBMI標準の範囲にある。おそらくこれが自分の健康体重なのだろう。

 

では皆さん、よい運動習慣と健康を。